黄昏の刻 第13話


しまった。
そう思った時には遅かった。

いつになく慌てた声で私をゆすり起こしていたルルーシュの顔が、一瞬で固く強張った。完全に硬直した男をみながら、何なんだ?と眠い目をこすったあと、私もまた身体を硬直させた。半分透けているルルーシュの後ろに、この場に入るはずの男が呆然とした表情で立っていたのだ。

枢木スザク。
どうしてここに。

慌てて身を起こし、ショックイメージで昏倒させようと力を発動したのだが、野生の勘かスザクはハッとした後、一瞬で背後に飛び退き、距離を取った。
逃げた先は、ショックイメージの範囲外。
C.C.は思わず舌打ちをした。
本来は直接あるいは間接的に触れることで流すイメージだが、多少の距離なら力に巻き込むことが可能。だがこの距離では効果が薄い。床を通し間接接触をためしてみるか。だが、これだけ警戒された時点でそれも不可能か。
スザクは鋭い視線でC.C.を睨みつけているが、その意識は何処かよそにも向いていた。時折視線を動かし、何かを探しているように見える。
ちらりと視線をルルーシュに向けると、青ざめた顔でじっとスザクを見つめていた。
幽霊なのに顔が青いとか、器用な男だ。
その様子から、外にも何か致命的なモノを見られたのだと思い至る。
例えば、ポルターガイスト現象、とか

「で、一体何のようだ枢木スザク。一人暮らしの女性の家に侵入とは、随分と大胆なことをする。なんだ、私に夜這いでも仕掛けに来たのか?」

立ち上がり、スザクと対峙したC.C.は、ルルーシュをその背に庇うように数歩前に出た。スザクの反応から、幽霊のルルーシュが見えているわけでないことはわかっているが、見えなくても視界に入れたくはなかったのだ。

「安心していいよ、君に興味はない」

心底そう思っていることがわかる態度は腹立たしいが、興味を持たれても気持ちが悪いだけだと思い直す。

「失礼な男だな。では、何のようだ」
「決まっているだろう?僕のペンを返してくれないか」

あの万年筆か。
オーストラリアのこの場所を探りだし、ルルーシュが仕掛けた警備網をおそらくは勘と反射神経だけで全てかいくぐり、気づかれること無くこの場へ侵入した。
その理由が、あのルルーシュの万年筆。
自分のものだと断言してはいたが、そこまで執着していたとはな。
これは、ルルーシュだけではなく、C.C.にも予想外の事だった。
ようやくイレギュラーから立ちなおったルルーシュがC.C.の側に立ち、念のため耳元に顔を寄せ小声で話しかけてくる。

「パソコンの文章と、俺がキーボードを打ち込んでいるところを・・・見られた」

C.C.はルルーシュの言葉に表情一つ変えること無く、視線をじっとスザクに向けたままだった。C.C.はルルーシュほどの頭脳は持っていないが、冷静な思考と長年の経験から、少ない情報で全てを悟ることぐらい造作もなかった。
勝手に動くキーボード、打ち込まれる文章。
スザクのために残したマニュアルと全く同じ人物が創りだしたその文字列は、スザクにルルーシュをイメージさせるには十分なものだっただろう。
頭で考えるよりも感覚で動くタイプのスザクなら、ルルーシュの幽霊の可能性に行き着いている可能性はあった。
そこに私の言葉か。
スザクにとっては決定打。
これは、拙いな。

「・・・あんな万年筆のために、わざわざ外国で身を隠していた私を探しだしたわけか。質の悪いストーカーだな、流石に気持ち悪いぞ、お前」
「・・・あんな、という程度の価値しか無いのなら、僕に返してくれないかな」
「冗談だろう?あれは、私のものだ」
「どうせ君は使わないじゃないか。物は使ってこそ意味がある」
「お前の価値観を押し付けるな。私は大切に保管するタイプなんだよ」
「嘘ばっかり。もしかして無くしたとか?」
「まさか。ちゃんと保管しているさ。で?英雄ゼロ様は、欲しい物のためには強盗も辞さないのか?初代とは大違いだな」

いや、あいつも欲しいもののためには手段は選ばなかったなと、心のなかで訂正する。手段を選ばなかったから、その命を散らす結果になったのだ。

「強盗?それは君だろう?僕のものを盗んだのは君だ」
「盗んだのはお前だよ」

このまま、この男の意識を他に向け”幽霊が存在するかもしれない可能性”を忘れさせる。そう思い挑発していたのだが。

「でも、もういいよ。万年筆の話はまた後でしようか、C.C.」

スザクはすっとその目を細め、会話を切ってきた。

「ほう?ようやく諦めたか」
「諦める?冗談でしょ。あれは僕のものだよ。必ず返してもらう」
「まだ言うか」
「いいから、この話は一度中断だC.C.。これ以上誤魔化すな」

いらだちを込めてスザクはC.C.を睨みつけた。
苛立ち?いや、違うな。
不安と焦燥、期待と困惑。
いろいろな感情が見え隠れして、ひどく落ち着きが無い。

「誤魔化す?私が何を誤魔化すと言うんだ?」
「ルルーシュは、どこ?」

躊躇など無く、訪ねてきた。
これ以上無駄な会話は意味が無いということか。
いや、諦めるのはまだ早い、まだ証拠は何も無いのだ。
あのパソコンの中身以外、ルルーシュの存在を示せるものなど無いのだから。

「言っている意味がわからないんだが?」
「いるんだろ?ここに」

確信しているような言葉が腹立たしい

「お前、大丈夫か?ルルーシュなら既に骨になっただろう。ほら、ここにも」

C.C.は、あの日からぶら下げている十字架のペンダントを引っ張りだした。
一見するとただのペンダントだが、中は空洞になっていて、骨の欠片が入っている。
ルルーシュの骨の欠片。
これは、骨壷なのだ。

「そういう意味じゃない。彼が・・・死んだことはわかっている。僕が、殺したんだから」
「ああ、それは良かった。あの遺体はルルーシュじゃない、ルルーシュは生きているんだとか、言い始めのかと思ったぞ」
「・・・違うよ。彼は死んだ。それは・・・わかっている。でも・・・」

スザクは一旦言葉を切った。
話をし始めた当初は、あれだけきつく鋭い表情だったというのに、今は捨てられた子犬のように弱々しく、その視線は絶えず飼い主を探しているかのように部屋の中をふらふらと動いていた。
ルルーシュが動くことで起きるポルターガイスト現象。
それがどこかで起きているのではないか。
スザクの視線がその痕跡を探していることぐらい、嫌でもわかった。
ルルーシュは身動き一つせず、いまC.C.の側に立っている。
悲しそうに、辛そうに、二人のやり取りを静かに聞いているだけ。
スザクは勘もいいが目もいい。
視野も広く、部屋の隅で何かが動いても、必ず気がつく。
それがわかっているから、青ざめた顔で地縛霊のように立ち尽くしている。
だから、スザクが望む変化など起きようがない。
起こすはずもない。

「・・・C.C.。ルルーシュは、ルルーシュの魂は成仏でき無かったんじゃないのか?・・・いまも、ここに居るんじゃないのか・・・?答えろ、C.C.!」

今にも泣きそうな声音で怒鳴ってきた男を、私は静かに見つめた。

「仮に・・・」
「仮の話は聞きたくない」

スザクはC.C.の言葉を切って捨てたが、それで止まるような魔女ではない。
感情の見えない表情のまま、閉ざした口をまた開くだけ。

「・・・仮に、そうだったら何なんだ?」
「C.C.!」

ルルーシュは慌てたが、C.C.はルルーシュの声など聞こえないというように、スザクをじっと見据えていた。

「・・・何が言いたい?」

スザクは警戒するように尋ねた。

「ここにルルーシュの幽霊が居たとして、お前にどんな関係があるんだ?」
「やっぱりいるのか?ルルーシュ、何処!?」

まるで肯定を示すようなC.C.の言葉に、喜びでも悲しみでもなく、焦燥にかられた表情で、部屋の中を見回した。
ルルーシュはC.C.の隣りに立ったまま、静かに顔を伏せた。
見えるのはC.C.だけ。
他の誰にもルルーシュは見えない。
わかっていたことだが、最近はずっと会話もでき、姿も見ることの出来るC.C.と二人きりだったせいで、その事を忘れてかけていた。改めて突きつけられた現実に少しばかり落ち込んでしまうが、どうしてスザクがこんなに慌てているんだろうという疑問に思い至り、次第に意識が浮上してきた。
まさかナナリーに何かあったのか?
俺に相談するような何か。
いや、それ以前に、俺が未だに現世でふらついていることが許せないだけか?ユーフェミアを殺めた俺は地獄にいるべきだと。なるほど、だが俺を地獄に送る方法は今のところ思いつかない以上、もしここに俺がいると知ってもスザクには何も出来ない。
だからC.C.はこんな質問を?
死んでも尚回転の衰えない頭脳(脳はもう無いが)は、短時間でいろいろな解答を導き出していく。

「いるとは言っていないだろう?もし仮にルルーシュが居たとしても、お前には見えないし、声だって聞こえないのだから、いるかどうか知った所で今と何も変わらないんじゃないかと言っているんだ」
「・・・どういう意味だ」
「本気で理解ってないのか。もし、ここに、そうだな、この辺りにルルーシュの幽霊がいるとしよう」

C.C.はそういいながら、ルルーシュを指差した。
実際にルルーシュがそこにいる事を知った上で、指しているのだ。

「私には幽霊のルルーシュが見えるが、お前には見えないのだろう?私は会話もできるが、お前は出来ないのだろう?もしいるとしても、見ることも会話をすることも出来ない存在なら、居ないのと何が違うんだ?」
「・・・君は会話ができるんだろう?もしいるなら、君を通して彼と」
「私が騙す可能性は考えないのか?いもしないルルーシュの発言だと、私が偽る可能性だ。いや、もしルルーシュが存在していたとしても、ルルーシュの言葉をそのまま伝えない可能性もあるな」

大体、うざいお前の相手を私がまともにすると思っているのか?
今このやり取りでさえ不愉快で仕方が無いというのに。

「・・・」
「否定出来ないだろう?だから、聞いているんだよ。もし仮にいたとして、お前にどんな関係があるんだとな」

ルルーシュの存在を見ることも聞くことも叶わないなら。

「今と何も変わらないだろう?なら、いるのかいないのかを知るだけ無駄だと思わないのか?」

呆れも含んだ言葉に、それまで辛そうに顔を歪めていたスザクの表情が一変した。何かに気づいたような、悟ったような様子にC.C.は不愉快そうに眉を寄せた。

「・・・君なら・・・もし本当に、ここにルルーシュがいないのであれば、君ならそんな言い方はしないはずだ」
「何?」
「もしいないなら、君は僕を嘲笑いながら、いるはずないと否定するだけだ。こんな回りくどいことをいう必要がない・・・つまり、いるんだね、そこにルルーシュが」

断言だった。
先ほどの是非を問う口調ではなく、明らかに確信に満ちた言葉。
そして、先ほどC.C.が指した先、ルルーシュがいるその場所を見て、泣きそうに顔を歪めた。拒絶でも、否定でも、恨みでもない、悲しみと、喜びと愛情に満ちていて、C.C.は不愉快だと目を眇め、ルルーシュは完全に困惑していた。
ユーフェミアの仇だとルルーシュを追い回し、信頼を裏切り、その手で殺した男が、殺された男に向ける表情ではない。
忌々しい。
C.C.は改めてスザクのことが嫌いだと思った。

「・・・お前、私の話を聞いてたのか」
「聞いていたよ。それで?見えないから何?聞こえないから何?」

どうしてそんなことを言うんだと、不愉快げにC.C.を睨みつけた。

「・・・死者との会話を拒絶したお前が、どうしてルルーシュを探す」

あの時、死者との会話も可能なのだと誇らしげに告げていたシャルルとマリアンヌを否定しておきながら、今は死者との対話を望んでいる。
しかも、ユーフェミアとの対話ではなく、ルルーシュとの対話を。
ああ、腹立たしい。

「・・・それ、は・・・君には関係ない」
「相変わらず自分勝手な男だな。話は終わりだな?ならば出て行け」
「終わっていない!」
「終わりだよ。ルルーシュの幽霊がいようといまいと、それをお前に教えるつもりは無い。万年筆も私のものだ」
「いや、あれは僕のものだ」

臨戦態勢になったスザクを、C.C.は嘲笑った。

「・・・しつこい男だな。私に勝てると思ったのか?この私に。・・いいだろう、お前程度すぐに気絶させてやるよ」

お前では私に勝てない。
高い身体能力など、私の前では無力だと教えてやろう。
近づいたらその瞬間に流してやると、C.C.もまた臨戦態勢となった。

「・・・気絶・・・そうだあの時・・・」

C.C.のショックイメージで気を失った時・・・。
スザクはしばらく何かを考えた後、時分の両手を見詰めた。
ルルーシュを殺した時のことでも思い出したのだろうか。
その手で命を奪っておきながら、その対象と会話をしたいなど虫がよすぎる。
しかも、あんな縋りつくような眼差しを向けるなど、殺人犯が被害者に幽霊でもいいから会いたいなど、普通の神経なら口になど出来ないはずだ。
死神と呼ばれるほどに多くの命を奪っておきながら、ユーフェミアの死にだけこだわった愚かな男。
ルルーシュの命といえるナナリーを手に掛けたと自覚していながら、それでもユーフェミアの仇だと剣を向けれる厚顔無恥な男だ。
自分のことしか考えず、自分のことしか見えていない。
誰かのためだ、誰かのために。
そう口にはするが、結局は人の痛みや苦しみより、自分の痛みと苦しみを優先し、その結果ルルーシュを殺したのだ。
ああ、私はこの男が嫌いだ。
大嫌いだ。
だから絶対に、ルルーシュとの橋渡しなどしてやるつもりはない。
そんなC.C.の怒りなど気にする様子のないスザクは、じっと自分の両手を見て何やら考えた後、その両手を自分の顔のあたりまで上げた。
そして、左右の指を合わせる。

「・・・何のつもりだ?」

不愉快だというようにC.C.は低い声で言った。

「あれは、まさか」

ルルーシュは何かに気がついたように、目を細めた。

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